この記事を書いた人:理学療法士として産後リハビリに8年以上携わり、現在は子どもを育てる父親でもあります。「授乳は妻がやること」という認識のままでは、隣にいながら体の限界に気づけないことがあります。この記事では、その場にいる夫だからこそ気づける視点をお伝えします。
本記事は医療情報の提供を目的としており、診断・治療に代わるものではありません。症状が強い場合は医療機関を受診してください。
—
「授乳は妻がやること」——その認識のままでは、隣にいながら気づけない。
授乳は「1日8〜12回」の反復作業である
このことを、パパはどれだけ実感していますか。
新生児期の授乳回数は1日8〜12回。1回15〜20分とすると、毎日2〜4時間を授乳に費やします。これを同じような姿勢で繰り返すことがどれだけ体に負荷をかけるか——理学療法士として見ると、これは「過負荷のリハビリ対象」と言っていいレベルです。
私も父親として、最初は気づけていませんでした。妻が毎回少し前かがみになって授乳していること、肩がすくんでいること、腕だけで赤ちゃんを支えていること——ある日「最近肩がしんどい」と言われて初めて横から見て気づきました。
授乳は赤ちゃんのための時間ですが、同時にママの体が削られていく時間にもなりやすい。その場にいる夫が「見る目」を持つだけで、体の限界を早く察知できます。
—
授乳中に起きやすい体の問題と、その原因
頸部痛・肩こり(最も多い)
赤ちゃんを見下ろすために頭を前に傾ける姿勢(頸部屈曲)が持続することで起きます。頭が前に2.5cm出るだけで、頸椎への負荷は約2倍になるという研究があります。授乳中は赤ちゃんに視線が向くため、この前傾姿勢が無意識に続きます。
腰痛
前傾姿勢や反り腰姿勢での長時間座位が原因です。特にソファや低いテーブルでの授乳は腰椎への負担が大きくなります。授乳クッションを使っていても高さが合っていないと、腕の位置が下がり前傾が強まります。
手首・親指の腱鞘炎(ドケルバン病)
赤ちゃんの頭を支えるときの手首の使い方と、産後のホルモン変化による腱鞘の浮腫(むくみ)が重なって起きます。産後女性に非常に多く見られます。親指の付け根に痛みがある場合は腱鞘炎を疑いましょう。
肩甲骨周囲のだるさ
前に腕を出して赤ちゃんを抱える姿勢が続くことで、背中の筋肉(菱形筋・僧帽筋下部)が伸ばされ続けた状態になります。「なんか背中がずっとだるい」という感覚はここから来ていることが多いです。
—
夫が横から見て気づける「体が壊れているサイン」5つ
授乳中の妻を横から見てください。以下の5点を確認します。
サイン① 頭が前に出て下を向いている
耳が肩より前に来ている、あごが前に突き出ている、首の後ろに力が入って盛り上がっている——これらは「頭部前方変位」のサインです。この姿勢が続くほど首・肩への負担が蓄積されます。
サイン② 肩がすくんでいる
両肩が耳の方に向かって上がっている状態(肩甲骨挙上)です。緊張すると無意識にこの姿勢になります。肩甲骨周囲の筋肉が常に緊張した状態になるため、授乳後に肩が重くなります。
サイン③ 腕だけで赤ちゃんを支えている
授乳クッションがないか、クッションはあるが高さが合っていないため、腕の力だけで赤ちゃんの重さを支えている状態です。この状態が続くと手首・腕・肩への負担が集中し、腱鞘炎のリスクが高まります。
サイン④ 授乳のたびに腰を動かして調整している
正しいポジションが作れていないため、授乳中に何度も腰を動かしたり体をずらしたりしている状態です。「どこも安定しない」という体のサインです。
サイン⑤ 授乳後に「痛い」「だるい」という発言が増えた
これは見るだけではわかりませんが、言動として気づけます。「また腰が重い」「肩が動かしにくい」「手首が痛い」という発言の頻度が増えていたら、それは体の限界に近づいているサインです。
—
「赤ちゃんを胸に引き寄せる」と「胸を赤ちゃんに近づける」の違い
この違いだけで、首・肩・腰の負担が大きく変わります。
「胸を赤ちゃんに近づける」(NG)
前かがみになって赤ちゃんに頭と胸を近づける姿勢。赤ちゃんに合わせて体を動かすため、頸部・腰椎の前屈が強まります。これが「授乳ごとに腰や首がしんどくなる」姿勢の正体です。
「赤ちゃんを胸に引き寄せる」(正しい)
背もたれに体を預け、姿勢を保ったまま赤ちゃんを自分の体に引き寄せる姿勢。授乳クッションで赤ちゃんの高さを上げることで、前かがみにならずに授乳できます。
夫として声をかけるとしたら「赤ちゃんを自分に引き寄せてみて」という一言が最も有効です。「姿勢を直して」では具体性がなく動けませんが、「引き寄せる」という動作の指示はすぐに試せます。
—
「授乳環境」を夫が整える方法
授乳姿勢を正しくするために最も効果的なのは、姿勢に注意することではなく環境を整えることです。
授乳クッションの高さを確認する
授乳クッションが正しく使われていても、高さが合っていないと前かがみが解消されません。
確認方法:授乳クッションの上に赤ちゃんを乗せたとき、赤ちゃんの口が妻の乳首と同じ高さになっているか。赤ちゃんが低い位置にあると、妻は前かがみになるしかありません。
高さが足りない場合は、授乳クッションの下にバスタオルを1〜2枚折りたたんで敷くだけで調整できます。
腰の後ろにクッションを当てる
背もたれと腰の間に隙間があると、腰が丸まりやすくなります。折りたたんだバスタオルや小さなクッションを腰の後ろに当てるだけで、腰椎が自然なカーブに保たれます。300円以下で今日から実践できます。
足が床につく高さに調整する
ソファが高すぎて足が宙に浮いている場合、骨盤が後傾して腰の負担が増します。フットレストや積み重ねた雑誌・箱などで足の位置を上げると、座位の安定性が改善されます。
—
授乳後にパパができるケア3選
授乳が終わったあとに、夫がその場でできることがあります。どれも30秒〜1分でできます。
- ① 肩甲骨まわしを一緒にやる(30秒)
「一緒にやってみよう」と声をかけて、両肩を前→上→後→下の順にゆっくり大きく回す動作を5回繰り返します。「正しくやらせよう」ではなく「一緒にやる」ことが大切です。授乳で縮んだ胸郭前面の筋肉がゆるみ、肩の重さが軽減されます。
- ② 後頭部を手のひらで支える(1分)
妻に仰向けかリクライニングした状態でリラックスしてもらい、両手を重ねて後頭部の下にそっと置きます。「ゆっくり息を吐いて」と声をかけ、3回深呼吸。手の重みを使って後頭部を軽く引き込むだけで、首の後ろ側の緊張がゆるみます。特別なテクニックは不要で、「ここにいるよ」という安心感と一緒に、首の緊張をゆるめる効果があります。
- ③ 「次の授乳まで横になっていていいよ」と先に言う
これはケアではなく言葉ですが、理学療法士として最も重要だと思っています。回復には「安静」が不可欠です。「何かあったら言って」ではなく、「この時間は横になっていい」と先に許可することで、妻は「休んでいいんだ」と認識できます。「申し訳ない」と思いながら無理をし続けることが、慢性疲労と痛みの悪化につながります。
—
まとめ
- 授乳は1日2〜4時間の反復作業——姿勢の積み重ねが体への負担を決める
- 夫が見るべき5つのサイン:頭が前に出ている・肩がすくんでいる・腕だけで支えている・何度も腰を動かしている・授乳後の「痛い・だるい」が増えた
- 「姿勢を直して」ではなく「赤ちゃんを引き寄せてみて」という具体的な声かけが有効
- 環境を整えることが最も効果的:クッションの高さ・腰への当て物・足の位置
- 授乳後の30秒ケアを習慣にする
隣にいるパパが「気づける目」を持つだけで、妻の体の限界が早くわかります。「最近どこか痛い?」と聞くより、横から見て「なんか肩すくんでない?」と気づいてあげることの方が、ずっと意味があります。
—
参考文献
– Hansraj KK. (2014). Assessment of stresses in the cervical spine caused by posture. *Surgical Technology International*, 25, 277–279.
– Colson SD et al. (2008). Optimal positions for the release of primitive neonatal reflexes. *Midwifery*, 24(4), 434–441.
– Rempel D et al. (2007). The effect of head posture on carpal tunnel pressure. *Spine*, 32(7), 833–840.
—
この記事を書いた人
理学療法士/PTパパのリアル育児 管理人
産後リハビリ専門の理学療法士として8年以上勤務。現在は子どもを育てる父親として、医学的根拠のある育児情報を発信中。


コメント